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私のイキテクチカラは「人」

内藤 麻美
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内藤 麻美
毎日「できる!」から創作を始めたら、人生は可能なことで溢れている事に気付いてしましました。日々生かされている感謝を言葉にします。好物は「人」。人なくして生きて行けません!ぜひ、会話してださい。

私のイキテクチカラは「人」です。

好物は「人」。人なくして生きてはいけません。

今の私を創った土台

なぜこんなに人が好きなのか。

そんな今の私を創った土台、過去の自分を振り返ってみたいと思います。

埼玉県が地元で、自宅の目の前は田んぼが広がる自然の中で育ちました。


四季が楽しめる最高な場所。春には桜、夏にはホタル、秋にはイナゴ取り、冬は星空を見上げる。今ではすっかり風景が様変わりしてしまいましたが、桜だけは楽しめます。

用水路では、ザリガニ釣りを男の子と一緒に楽しんでいました。外で遊ぶのが当たり前の子供だったんだな。子供も沢山いたから、町内には幼なじみが4人もいて仲良し。お誕生日会にお泊まりっこ。夏祭りは、お神輿に盆踊り。

今では当たり前でない、有難い思い出が沢山あります。

両祖父母の初孫。それはそれは可愛がられ、いとこのお兄ちゃん達にもどれだけ遊んでもらったかわかりません。幸せですね。

ただ、両親は休みなく働いていたために家族旅行に行った覚えがないんです。いつも、どこに行くのもおばあちゃんと弟の3人でした。おばあちゃん子で良かったのは、お釈迦様の教えを聞いたりお相撲を見たりして詳しくなったから。ただ、両親との思い出も欲しかったな。

父は戦後、1文無しから始まった人生。白いご飯が食べたい、家を建てたい、親孝行がしたい。生きるのに必死だった貪欲だったんだと思います。だからかな?私たちには厳しかった。箸の持ち方から、正座の姿勢まで。今では感謝できますが、当時は怖かった。いつも、父の顔色を伺っては怒られないようにって、いい子を演じていました。

本当の自分の感情を押し殺して、どうして欲しかったんだろう私。

早生まれのため、小学校4年生までは、いつも帰りがビリ。先生が教室で困った顔をしていたのが今でも忘れられません。

それが5年生になった途端、急に成績が良くなり人気者になり、勉強ができる子と言われ生徒会長までする事になりました。この変化の理由は未だにわかりません。

中学校に行っても勉強だけはちゃんとする子で、おばあちゃんに褒められたかったのかな?

ツッパリくん全盛期でしたが、不良にはならず受験勉強もし希望高校に入りました。中学時代は好きな先輩のこと、よく追いかけ回してたな。帰宅を待ち構えて、自宅までついて行ったり。今ならストーカーですね。交換日記とか、懐かしい。日記じゃなくて、手紙もやってました。学校内で教室まで行って渡して、翌日お返事届けに来てくれるの。思い出し笑いしちゃいます。可愛い私。

まさに青春、淡い恋物語ですよ。

アナログ、不自由さがいい時代でしたね。電話も家電しかないから、親が聞いてやしないかドキドキ、コソコソしながら喋らなくてはいけなくて。全部聞かれてたでしょうね。バレンタインデーや卒業式なんてそれはそれは一大イベント。準備やら告白やら忙しかったな。

あの頃の私は何を考え、何に夢中になってたんだろ?
どんな夢を持ってたのかな?

自分のことを知るってとても興味深いですね。

続きはまた次の記事で・・・

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毎日「できる!」から創作を始めたら、人生は可能なことで溢れている事に気付いてしましました。日々生かされている感謝を言葉にします。好物は「人」。人なくして生きて行けません!ぜひ、会話してださい。

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